2016年7月5日火曜日

ごんたくれ 西篠奈加

9784334910211

主人公が曾我蕭白と長沢蘆雪という本を読む。
この前読んだ「若冲」の主人公である伊藤若冲と同じ時代を生きた絵師だ。
この本では「若冲」では一言喋った後、いきなり葬式みたいな役回りだった円山応挙が出てきまくる。
悪口も言われまくっているけれど、それにもまして人柄の良さが強調される人物像となる。
円山応挙は写生の重要性を説いた人で、みたままを書くことをモットーとする。
そのため現代でも緻密に具体的に書くか、物事の本質を抽象的に書くのがいいのか論が分かれるところなので致し方ない面もある。
このような重要な問題ではあるが、円山応挙は、そのモットーを弟子に強制するわけではなく、弟子には好きなように書くように促すというとても大きな懐を持った人として描かれている。
しかも弟子である長沢蘆雪を三度破門にして三度許すという、諸葛亮孔明に匹敵するであろう行為をおこうなう。
(孔明の場合は敵を7回捕まえて7回野に放つという七擒七縦、物語を盛り上げるためのフィクションとされている。リアルで同じようなことをする人は円山応挙だけ。)
こういうエピソードをみると円山応挙は絵の技術や哲学よりも人間力が高い人であったことはまちがいないようだ。
織田信長は人柄に関係なく能力で部下の昇進を決めたらしいが、円山応挙のエピソードをみるとそれだけでは割り切れない部分もあるように思える。
円山応挙を継ぐものとしては技術でも人柄でもしのぐものがいなかったのも悲しいところである。
人柄で円山応挙に迫る人として描かれているのは呉春という人。
ぼく的には日本酒のイメージしかなかったけれど、池田に住んだことがある日本画家の名前だったらしい。
やっぱり目指すなら技術力も人間力も高みに達したほうがいいに決まっている。
今回は、王道ではなく曲者である曾我蕭白と長沢蘆雪を主人公にした本を読んで、やっぱり歩くなら王道を歩きたいと心から願うのでした。

そんな簡単に王道を歩けるのなら邪道に行くこともないだろうから
邪道に行くとしても人間性だけは磨いておいたほうが良い。
そういうサンプルがあるのかどうか調べたくなった。

そういう方向で。

[光文社] ごんたくれ 西篠奈加
http://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334910211

[ほんのひきだし] インタビュー 西條奈加さん『ごんたくれ』 二人の絵師の数奇な生き様を描く
http://hon-hikidashi.jp/enjoy/1105/

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