2016年2月24日水曜日

思索の淵にて―詩と哲学のデュオ 茨木のり子、長谷川宏著

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世界には、2種類の人種がある。
本を読む人と読まない人。
とか書き出すとかっこいい。
しかし、そうわり切れるものでもない。
本を読む人の中にも、人種が存在する。
自分が好む分野しか読まない人と、全然知らん分野も読む人だ。
ぼくは後者でありたいと考えているため、絶対読まない分野に進出してみた。

絶対読まない分野の筆頭は、詩集。
まったくもって紙の無駄遣いだし、持ち歩いて読むものでもない。
立ち読みで十分である。

と考えていたため、ほとんど買ったことはない。
今回、小学校以来ぐらいに詩集らしいものを読んでみる。

この本は、詩集というには文字が結構多い。
学習塾経営者かつ哲学者という接頭語がつく長谷川さんが、茨木のり子の詩を解説というか、詩のテーマを自分の経験なり意見なりを交えて説明しているというスタイルをとっている。
ぼくもこういう風にしたら、詩集を読んだ気分になれるのだろう。

ちなみに、なぜこの本を買ったかというと
前書きに

「今までに読んできた中で、一番好きな詩を一編あげるとしたら何になりますか?」
という質問を受けることがよくある。そんなとき、ふっと浮かんでくるのは、

年をとる それは青春を
歳月の中で組織することだ

ポール・エリュアール(大岡信訳)
という一節が気に入ったからだ。

ぼくが青春についての詩で浮かんでくるのは

サミエル・ウルマン

「青春とは人生のある期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。」

という一節
中学校時代に嫌いだった先生が、何回も何回も言っていたため、そーなのかもしれないと刷り込まれた詩。
心の様相よりも歳月の中で組織することの方が、なんかしっくりくる。
もっと読みたいと思ったのでした。

半分ぐらい読んだ中で、気に入った詩がまた出てきた。
おちこぼれ という詩だ。
だいぶ落ちこぼれているぼくだけど、華々しい意志であることは間違いない。

そういう方向で。

青春の詩
http://home.h03.itscom.net/abe0005/ikoi/seishunn/seishunn.htm

落ちこぼれ 茨木のり子
http://shinohon.blogspot.jp/2011/11/blog-post_9479.html

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