2013年8月13日火曜日
今日の睡眠
今日は比較的涼しく朝は気持ちのいい朝である。
昨日も大阪の最高気温は37度、今日の予想も37度、あさっての予想も37度と修行のような毎日が続く。
今日はとりあえず、会社に行って、ぼちぼち仕事して昼にはかえろう。
ちなみに、多聞くんの寝相は今日も悪い。
もひとつ、ちなみに暑いのは日本だけではなく、今何かと話題になる中国でも暑いらしく40度を超える日もあるとのこと。
さすが世界の中心。端っこの国とは訳が違う。
http://matome.naver.jp/odai/2137628475893212701
2013年8月11日日曜日
とてもあつい最高気温38度の日

今日の気温は、豊中が37.4度らしい。平熱を超えている。
京都は39度らしい。これはあつい。地球温暖化もここまで進むと、人類の生存に影響するかもしれない。
いや、日本だけが暑いのならに日本の存亡に関わる。
JR大阪駅では朝からプレゼント入り氷柱が中央改札の前あたりに配置され、待ち合わせ?の人たちに涼を提供しているが、まさに焼け石に氷柱状態だったに違いない。
ちなみに、この氷は、どうやって作るのか謎だ。
さらにいうと、こんな透明な氷柱は氷屋さんぐらいでしかみたことがない代物。
なかのプレゼントも気になるが、この氷柱の作り方も気になる。
2013年8月6日火曜日
たもんくんとおふろ
昨日は、ジムから家に帰ると タモンくんがお風呂に入っていた。
かなり楽しいらしく、ボクが帰って30分たっても出てこない。
母上様があまりにも長い時間入っているので、無理矢理お風呂から出ようとしたところ
「まだっ、まだっ まだっ」と、まるでΖガンダム最終回のクワトロ大尉のように吠えまくる。
母上様が無理矢理で他にもかかわらず、
たもんくんは、「まだだっ まだおわらんよ」
と小一時間ばかり叫び続けている。
ボクが無理矢理、お風呂から上がらせ、布団の上を転がしても
「まだーーーーー」
と叫びながら、お風呂に戻っていく。
お風呂を真っ暗にして、扉を閉めると
「あけてー」
と叫ぶ。
扉を開けて、明かりをつけると
「まだーーーーー」
と叫ぶ。
このプログラムのバグのような無限ループに突入していくのは、腑に落ちないので
お外に出てみるが、状況は改善しない。
結局、母上様とベランダから外の空気をすって落ち着く。
時間は10時をはるかに過ぎていたのだった...
そういう方向で。
Windows のペイントで画家になる(@98歳)
ボクが好んで使う Windows95~XPまでに搭載されていた お絵かきソフト
ペイント。
これを、めちゃくちゃ上手く使うことで、売れるレベルの絵を書いてしまう
98歳がいるらしい。
ちなみに下の絵が、このスパーじぃちゃんが あの「ペイント」 で書いた絵
バカ と ハサミ と ペイント は使いよう。
そういう方向で
ペイント。
これを、めちゃくちゃ上手く使うことで、売れるレベルの絵を書いてしまう
98歳がいるらしい。
ちなみに下の絵が、このスパーじぃちゃんが あの「ペイント」 で書いた絵
バカ と ハサミ と ペイント は使いよう。
そういう方向で
2013年8月5日月曜日
どーもくん 試作一号機をつくる。
どーもくん 試作一号機をつくる。
とりあえずは、前面の顔の部分だけに色画用紙で装飾を施す。
一番下の面に穴を開け、下からからかぶる仕様にしたが、全然かぶってくれない。
意味がわからないかと思って、ボクがかぶってみようとするが、小さくてはいらない。
無理やりかぶせると、怖がって泣く。
結構良くできたと思うのだが、そこにハードルがあるとは思わなかった。
目の間の四角い切り込みは、覗き窓。
覗き窓を切る前に撮っておけばよかったか!?
横の切り込みは、手を出すための穴。
まだまだ修正が必要なようだ。
ちなみに、タモンくんが外に出る際は
このどーもーくんに、「いってきまーす」の挨拶をして出て行く。
一応、友達か家族として認識しているらしい。
そういう方向で。
2013年7月31日水曜日
立派なセミ
会社の帰りに セミを見つける。
夕方、人通りも犬通りも子供通りも激しい服部緑地の道。
しかも、かなり低い位置、さらになぜか朝でなくて夕方...
犬に食われることなく
子供にいたずらされることなく
立派なセミになれたんだろうか....
にしても綺麗だな。
そういう方向で。
2013年7月30日火曜日
モンテ・クリスト伯 1巻:アレクサンドル デュマ
クラシックで読んでいない本を読むべく、10年ぐらいまえに挫折した記憶が生々しい
モンテ・クリスト伯を読んでいる。
岩波文庫版では、訳が古く
通貨の単位が、フランとかペソとかにすればいいものを、なぜか「100万両」とかになっている。
他にも知らない単語、熟語が満載で線を引きまくる。
電子辞書を持っていたほうがよいだろう。
この状況を受け入れて、良い方向に考えるならば
昭和初期とか大正ロマンの香りが漂う小説である
とも言える。
とりあえず、1巻を読んでみるがどのあたりで挫折したのか記憶にないが、か細い記憶の糸をたぐり寄せるとおそらく牢屋にブチ込まれて不平不満をたらたら行っていたあたりで挫折したのだと思う。
協力者というか師匠のような存在であるファリア司祭は記憶に無いためそのあたりのような気がした。
この本で印象に残ったセリフは
「学ぶことと知ることは別だ。世の中には物知りと学者との二色あり、
物識りを作るのは記憶であり、学者を作るのは哲学なのだ」
というセリフ。
この小説自体は19世紀後半の激動するフランスで書かれているので
今のようにグーグルで検索すればなんでも出てくるような時代ではない。
知っている事自体にすごい価値が会った時代のように思えるのだが、
そんな時代においても「学ぶことと知ることは別」 と文豪が書いていることに驚く。
「学者を作るのは哲学なのだ」と訳している最後のセンテンス、
今なら、哲学より信念とか世界観という言葉の方が合うような気がした。
実際、どういう言葉で書かれているのかわからないけど。
この勢いで「罪と罰」と「カラマーゾフの兄弟」にも挑戦したい。
10年前のボクとは、また違う段階に 達しているので、1巻をらくらく読破。
なんとなく面白さがつかめてきた感がある。
7巻まで行けそうだ。
ガンバレ ジャン・バルジャン!
そういう方向で。
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